医療ICT化の歴史

医療ICT化の歴史

                                 [目次]
はじめに
医療のIT化、アナログからデジタルへ
電子カルテの普及
レセプトのオンライン請求の普及
電子画像管理加算の新設によりフィルムレスが進む
医療分野のクラウドサービス解禁で新たな流れ
診療情報提供書等の電子的な送受に関する評価
電子処方箋の運用ガイドライン
地域包括ケアシステムの完成に向けての体制整備

はじめに

電子カルテは長らく医療IT化(ICT化)の中心的な役割を担ってきました。医療におけるIT化の歴史を振り返ると、1970年代にレセプトコンピュータが誕生し、レセプト(診療報酬請求書)の請求業務のコンピュータ化が始まり、次いで1980年代にオーダーエントリーシステム(オーダーリング)が誕生し、各部門への依頼業務のコンピュータ化が進みました。そして、1999年にカルテの電子化が認められ、電子カルテシステムが正式に誕生したのです。

電子カルテの誕生以降、政府は積極的に医療分野におけるIT化(ICT化)政策を打ち出しています。その歴史を振り返ると1999年から2009年までの10年間と、2010年から現在までとの期間には、政策に特徴的な違いが見られます。

医療のIT化、アナログからデジタルへ

1999年からの最初の10年間は、「カルテの電子化」や「レセプトのオンライン請求」「フィルムレス」など、「アナログ情報からデジタル情報」への移行、いわゆるデジタル化に焦点を当てた政策が進められてきました。

電子カルテの普及

厚生省(現厚労省)は、1999年に「診療録等の電子媒体による保存について」を発出しました。この通知は、紙の代わりに電子媒体でカルテを保存することを法的に認めたものです。電子カルテの使用を正式に認めた根拠通知となります。この年を境に多くの電子カルテメーカーが誕生し、電子カルテの黎明期が始まりました。

電子カルテの普及を目指して、2001年に厚労省は「保健医療分野の情報化に向けてのグランドデザイン」を策定公表しました。同ガイドラインで、5年後の2006年までに「400床以上の病院および診療所の6割に電子カルテ導入」するという目標を掲げました。

しかしながら、実際に400床以上の病院が6割に達したのは、厚労省の統計調査(以下、グラフ参照)を見ると、2014年まで待たなくてはならず、診療所に至ってはいまだ6割に達していません。

図 電子カルテの普及率の推移

(厚労省「医療施設調査」より作成)

レセプトのオンライン請求の普及

厚労省は2006年に、「光ディスク等を用いた費用の請求に関して厚生労働大臣が定める方式及び規格並びに電子情報処理組織の使用による費用の請求に関して厚生労働大臣が定める事項及び方式について」という通知を出しました。この通知は、従来は紙の請求書を用いていた診療報酬請求の手続きを、光ディスクや電子情報処理組織(オンライン請求)で手続きすることを認めたものです。当時はオンライン請求の義務化が打ち出されましたが、政権交代などもあり、電子レセプト(光ディスクでもオンラインでも可)と、一部緩和されました。その後、電子レセプトを普及するための補助金もあり、一気に普及が進みました。

電子画像管理加算の新設によりフィルムレスが進む

2008年に厚労省は「電子画像管理加算」という診療報酬点数を新設したことによって、エックス線フィルムを画像データに変換してサーバに保存することで、加算を算定できることになりました。従来からあったCRを導入することの加算である「デジタル映像化処理加算」に代わり、この点数が登場したことで、「フィルムレス」が急速に普及しました。

これら3つの政策はいずれも、医療機関で重要な書類(カルテ、レセプト、フィルム)をアナログからデジタルへシフトする動きを後押ししました。ペーパーレスの推進で、院内に書類があふれている状態を解消し、業務を効率化するとともに、院内の情報共有をスムーズにしようとする思惑があったのだと考えられます。また、その後のネットワーク化の布石として、まずは情報のデジタル化を政策的に進めたと考えられるでしょう。

医療分野のクラウドサービス解禁で新たな流れ

2010年に厚労省が通知した「診療録等の保存を行う場所について」の一部改正で、カルテや検査画像などの電子媒体を企業が運用するサーバで管理することが認められ、医療分野でのクラウドサービス利用が実質解禁となりました。それ以降に出た厚労省の政策では、明らかにこれまでとは異なる政策的意図に基づいています。

診療情報提供書等の電子的な送受に関する評価

厚労省は2016年に「診療情報提供書等の電子的な送受に関する評価」を行いました。従来、診療情報提供書や訪問看護指示書、服薬情報提供書などは、紙へのプリントアウトに加えて署名と押印が必要でした。2016年度の診療報酬改定で、電子的に署名し、安全性を確保した上で電子的に送受信した場合も、「診療情報提供料」の算定が可能になりました。

また、2016年度の診療報酬改定では、診療情報提供書に添付する検査データや画像データを、地域連携ネットワークで電子的にやりとりする行為を評価する点数が新設されました。地域連携ネットワークを通して、先行的に診療情報提供書(いわゆる紹介状)、検査、画像をやりとりしている地域が評価されたことになります。

電子処方箋の運用ガイドライン

さらに、現在、国家戦略特区などで試験的に運用している電子処方箋について、今後の普及を見込んで2016年に運用ガイドラインが整備されました。電子処方箋が普及することで、オンライン診療やオンライン服薬指導を併用できるようになり、患者の利便性が飛躍的に向上することが予想されます。処方薬をWebサイトで購入できる時代が近づいています。

地域包括ケアシステムの完成に向けての体制整備

これらの政策は、2025年の完成を目指している「地域包括ケアシステム」の完成に向けた取り組みだと考えることができます。クラウド技術を活用して、診療情報提供書などの書類や検査結果、画像データ、処方箋を共有できる環境整備が進んでいるのです。

このような流れを見ると、政府は医療ITを推進する上で、前半に医療情報のデジタル化(IT化)を進め、後半にその情報を安全なネットワークを通じてクラウド環境に共有する(ICT化)、という2段階の絵を描いていたのではないかと考えられます。